道理を
天則を踏まえ、
人道を歩み、
理(ことわり)を外さず。
これから外れなければ
何をやっても基本はいいのです。
ものの道理を外れた行動には歪みができます。
ものの道理は物事の"流れ"
流れに逆らわなければいいのです。
現状を変えたいのであれば
その"流れ"に乗りましょう。
そしてそれは"楽に生きる"ための
方法なのですから。
天則を踏まえ、
人道を歩み、
理(ことわり)を外さず。
これから外れなければ
何をやっても基本はいいのです。
ものの道理を外れた行動には歪みができます。
ものの道理は物事の"流れ"
流れに逆らわなければいいのです。
現状を変えたいのであれば
その"流れ"に乗りましょう。
そしてそれは"楽に生きる"ための
方法なのですから。
あらゆるものは、関連しあっている、という考え方です。
自然と選択していたり、身近にあったり。
「桜ブログ」で誕生石の事に触れていたので、別角度から。
白羊宮(おひつじ座)→ルビー
金牛宮(おうし座)→トパーズ
双児宮(ふたご座)→アレキサンドライト(シャトーヤンシー効果を呈さないもの)
巨蟹宮(かに座)→琥珀
獅子宮(しし座)→キャッツアイ(シャトーヤンシー効果を呈するもの)
処女宮(乙女座)→ペリドート
天秤宮(天秤座)→エメラルド
天蠍宮(さそり座)→トルコ石
人馬宮(射手座)→ジルコン
磨羯宮(山羊座)→ブラックダイヤ
宝瓶宮(水瓶座)→カルセドニー(玉髄)
双魚宮(魚座)→真珠
これらのものは
身につけると本来の自分自身を
強く魅力的にしてくれるそうですよ。
草食草食、って言われるけど、
食べたい肉がなけりゃ、
仕方なく草でも食べるしかないわな。
どんな肉でも食べるのより、
実はグルメなのかも!?
食べられたければ、
おいしいお肉になりましょ。
ふぅ。
ショウ本人の事ではないので
あしからず。
明日、20日(金)は中野ブロードウェイ4F「ばるばら」で占います。
13:00〜20:30です。
手相とダブルデッキタロットで
人生の主導権、握らせます。
通常、手相とタロットの占いをしています。
手相は現状を判断し、
このまま進むと
こんな未来があるという事を示します。
タロットでは
主にダブルデッキタロットという方法を用います。
ダブルデッキタロットは
その方法論の成り立ちから
魔術師にしかできません。
そして魔術師のモットーは
「自らの意思により
自らの意識を変え
自らの運命を操作する。」
現状を知り、
自らの思い描く未来を
現実のものとするために積極的に動きます。
具体的に
ピンポイントで示す内容となりますので、
事業・仕事関係の、
20代後半以降の男性に対して効果的です。
いかにして
人生の主導権を握るかを
指し示します。
あの人を振り向かせたい、他者よりも優位に立ちたい、誰よりも幸せでありたい、、、
求める事は構いませんが二人称以降を無視していませんか?
いい仲になるためであれば対象者の意思を無視できますか?
劣位に立つ者の意思は?
幸せである一方の者の運命は?
虐げてはならんのです。
自らの欲望のために他者に不利益となる行動は全て低次魔術です。
必ず逆凪となって返ってくるのです。
真っ当な人道を歩み、人としてありましょう。
通常のタロットデッキ1組を使用する方法とは別に、
同時に2組のデッキを使用する方法です。
なので同時に同じカードが2枚出てくる事もあります。
その位置関係から、
様々な人物相関や思惑を紐解く事ができます。
1組のデッキを使用した方法は
広範囲をカバーする底引き網漁。
対するダブルデッキは
ピンポイントで深い深度まで迫る
一本釣りのようなものです。
シングルデッキほどの器用さはありませんが、
問題も方向性さえ見失わなければ、
一気に核心の、その原因を解決するための
方法としてはとても有効です。
事ある毎になんでも相談してくださるのは、
とてもありがたいことです。
しかし、
一挙手一投足を占いに依存していては
人生という長い長い旅路を目隠しのまま杖もなく、
ただ手を引かれるまま歩いているにすぎません。
いずれその手が離れた時、
自分自身の居場所が分からなくなってしまいます。
占いというのは
ガイドブックであり、地図であり、GPSナビです。
次にどっちに進めなんて言いません。
あくまで途中の中継点で
情報を与える役目に徹するべきと考えます。
次の一歩でどうするかは自分自身で。
そのもっと先の情報は前もってお伝えしましょう。
根本的な問題が解決して
一人で歩いていけるようになれば、
極端な話、占いに頼る必要はないんです。
"卒業"、って事ですね。
この先で実際にあった象徴的な出来事を紹介します。
自分自身の
哀しい、苦しいという感覚を
外れた感覚。
それでいて哀しく苦しい。
それを
「あはれ」
と表現するのでしょう。
ゆる~くいきましょうよ。
語ってなかったね。
なので可能な限り晒しますね。
生まれてしばらくして、
そういう環境にあったので
オカルト関連(と、一括りにする)と関わり始める
幼稚園の卒園記念に新約聖書を頂き、
ヒマ潰しに何度も読みまくる。
今現在、見ている世界は虚構かもしれない。
真実の世界は
心体に実感を持って確信できるものではないかと思う。
信じる者は救われるという言葉に
「いや、これじゃ、救われない人、大多数じゃね?」
と思い、現世にて人を救う方法を模索。
中近東にて「放たれた矢はいずれ我が身に返ってくる」
という考えに触発。
「いい事やろうず!」
に発展。「ネガティブな事は極力思い浮かべない。」
という発想に。
いやはや、無茶苦茶な感じですね。
みんながみんなを支えればいいんじゃないかな?
自分自身は世界そのもの。
自分自身を愛するという事は
世界を愛するという事。
「自分はどうなってもいいから」
では世界を愛してください。
世界はあなたを愛しますから。
相思相愛の関係です。